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世界で一番素晴らしいスパークリングワインとして
確固たる地位を築いたシャンパンですが
その誕生と発展は
どのようなものだったのでしょうか?
また、
あの有名なドン・ペリニヨンさんは
どこで、
どのようにシャンパンを進歩させたのでしょう?
シャンパーニュ地方は
フランスの地図上では右の上、
パリからは時計の2時の方向へ
150kmほど行ったところにあります。
緯度でいうと随分と北にあり、
日本では青森県あたりになります。
えらく北にあるわけです。
シャンパーニュ地方というのは、
現在の行政区分上では使われていない呼び方で、
言ってみれば
「大和」「備前」「越中」などのような
昔の呼び方です。
現在は、
中心都市のランス(Reims)、エペルネ(Epernay)を含む
マルヌ県などの4つの県に分かれています。
この地方で、なぜ
素晴らしいスパークリングワインが生まれたのでしょうか?
ごく簡単にですが、
私の推測も交えてお話したいと思います。
まず、このシャンパーニュ地方で葡萄が栽培され
ワイン作りが盛んになったのは、
遠くローマ帝国以前にまで遡ります。
ローマ人が、当時ガリアと呼ばれていた
現在のフランスを征服した時
その征服地でもワインを楽しむために
葡萄を栽培し、
本格的にワイン作りを行ったのが、
シャンパーニュ地方のワインの始まりです。
もちろん当然のシャンパーニュのワインは
スパークリングワインではありませんでした。
さて、そんな昔から
ワイン作りがなされてきたシャンパーニュ地方ですが、
その発展のポイントがいくつかあったと思います。
まず、パリという一大消費地に近かったことです。
運搬事情の悪かった昔のことを想えば、
大規模な消費地に近い産地が栄えるのは
当然のことでしょう。
また、パリが発展する以前も、
シャンパーニュ地方は
東に今のルクセンブルクやベルギー、
さらにドイツに接しています。
シャンパーニュの中心地であるランスは
昔は交易の中心地として栄えていました。
国内の大消費地に近いだけでなく、
国外への輸出にも適した立地にあったのです。
こうした立地面での優位性だけでなく、
強力なライバルの存在も
シャンパーニュのワインの発展に大きく寄与したことでしょう。
そのライバルとは、
カリフォルニアのスパークリングワインではありません。
その頃既に良質のワインを産していた
ブルゴーニュやボルドーです。
パリの王宮だけでなく、
イギリス向けに輸出するワインにおいては、
ブルゴーニュやボルドーは
極めて強力なライバルだったわけです。
歴史的にみても
ボルドー地方は、
イギリス領だった時期もあったはずです。
こんな感じで、
シャンパーニュのワインは
地の利を得ながらも
強力なライバルに揉まれ
決して今のような確固たる地位を
築いていたわけではなかったのです。
ここでいよいよ
ドン・ペリニヨンさんが登場してきます。
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